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昆虫の偏光コンパスの神経機構

  • 2015/12/21 

Summary

昆虫の偏光コンパスの神経機構を調べた研究から、脳内の中心複合体がナビゲーション中の自分の進行方向をモニターする体内コンパスの役割をしているのでないかと考えられる。

   多くの昆虫は,ナビゲーションの際に天空の偏光パターンから方向を検出することが知られています。この天空の偏光パターンは,太陽の光が大気中の粒子にあたって散乱して生じます。偏光パターンは,たとえ太陽が障害物で隠れていても空の一部が見えていれば利用できるため,太陽そのものよりもコンパスとしての汎用性が高いと考えられます。しかしその一方で,偏光パターンは太陽の位置や天候によって時々刻々と変化してしまうため,それをどのように神経系で処理しているのかについては,未解明な点が数多く残されています。
 図は昆虫の偏光コンパスの神経機構を解明するモデル動物として利用されている,フタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus )です。これまでに,コオロギの視葉において偏光のe-ベクトル情報が3種類の神経に収斂していることがわかっており,偏光の方向の情報がヒトの色覚のように3種類の神経の応答比率によって符号化されると予測されていました。しかし,これら3種類の神経の応答比率は刺激の偏光度によって変わってしまうため,色覚のように単純な符号化で実現できるものではありません。例えば,図の上部にある3枚の写真は兵庫県内の同一地点で撮影した日中の空を表していますが,右端のような快晴の空と左端のような雲の多い空では,同じ太陽高度であっても生じる偏光の偏光度が大きく異なります。このような状況で,常に自分の向いている方向を精度良く検出するためにはどのような神経回路が必要なのでしょうか。このことを解明するために,中枢神経系におけるe-ベクトル情報の処理機構をニューラルネットワークによるシミュレーションと電気生理学実験,行動学実験によって調べました。その結果,視葉において3種類に収斂したe-ベクトルの情報は,その後偏光度による応答の変化をキャンセルするようなゲインコントロールを経て最高次中枢である中心複合体に投射することが示唆されました。中心複合体は様々なe-ベクトル方向に応答する神経が集まっており,この領域がナビゲーション中の自分の進行方向をモニターする体内コンパスの役割をしているのでないかと考えられます。

神戸大学大学院理学研究科 佐倉 緑

 

 

(出典: 学会誌「比較生理生化学」Vol.32 No.4 表紙より)

 

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